大阪高等裁判所 昭和55年(行ス)5号 決定 1981年4月27日
抗告人 大阪入国管理事務所主任審査官
代理人 坂本由喜子 村中理祐 ほか四名
相手方 任性俊 ほか四名
主文
原決定主文第一項を次のとおり変更する。
抗告人が相手方らに対し昭和五五年四月一八日付でそれぞれ発付した各退去強制令書に基づく執行は、いずれもその送還部分に限り大阪地方裁判所昭和五五年(行ウ)第三九ないし第四三号退去強制令書発布処分取消等請求事件の第一審判決の言渡があるまでこれを停止する。
相手方らの右部分のその余の申立てを却下する。
申立および抗告費用はこれを二分し、その一を抗告人の、その余を相手方らの各負担とする。
理由
一 抗告の趣旨および理由
抗告人は「原決定主文第一項を取り消す。本件申立中抗告人が相手方らに対し昭和五五年四月一八日付でそれぞれ発付した各退去強制令書に基づく送還の執行停止を求める部分を却下する。申立費用は第一、二審とも相手方らの負担とする。」旨の裁判を求め、その理由として別紙のとおり主張した。
二 当裁判所の判断
(一) 相手方任性俊、同康守子の入国の動機、入国時および入国後の動静、本件処分がなされた前後の経緯等は、次に付加するほか、原決定理由二の(一)、(二)の記載(同決定二枚目表一〇行目から同四枚目表八行目まで)と同一であるからこれを引用する。
本件記録によると、
1 相手方任性俊は父の姉婿玄子善を頼つて不法入国したもので、在韓国の父、同胞は所在が不明であること、相手方康守子は異父姉玄明順を頼つて不法入国したもので、在韓国の両親のうち、父の所在は不明であること。
2 相手方康守子、同任君三、同任妍淑も昭和五五年六月一九日大村入国者収容所に護送されたこと。
が疎明される。
(二) 相手方らが本件各令書の執行によつて送還された場合、本案訴訟の続行に重大な支障を生ずるのは勿論のことこれに勝訴しても全く無意味に帰し、その一身上にも回復し難い損害を受けるおそれがあることは明らかであり、さらには訴の利益を喪失するに至るものと解する余地もあるのであるから、それを避けるためには、本件退去強制令書に基づく執行のうち少くとも強制送還の部分の執行を停止する緊急の必要があるものというべきであり、又右執行停止によつて公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞れがあるとまでは認めるに足る資料もない。
そこで執行停止の今一つの消極的要件について考えるのに、もとより、在留特別許可の許否の裁量は法務大臣の広範な自由裁量に属するもので、その判断が全く事実の基礎を欠くか、または社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に、裁量権の濫用、逸脱の違法があるとして裁判所により取消されることがあるにとどまり、右のような事実がない限り、行政庁の第一次的判断が尊重せられるべきものであることは所論のとおりであるが、訴訟は通常当初は具体的詳細な主張立証がなされるまでに至らず、その進行に応じ具体化され、詳細化されてゆくものであるから、右消極的要件としての本案について理由がないとみえる場合に該当するか否か、すなわち右裁量権の濫用があるか否かを判断するにあたつての主張立証責任も本案におけるとは異り、単なる疎明を以て足りるものであつて、前記疎明事実によると、現段階で直ちに本案について理由がないとみえるときとまで断定することはできない。しかしながら、本件事案の内容に照すとき、第一審判決をなす際には、比較的容易に本案について理由がないとみえるときにあたるか否かが判明するものであり、しかも、理由がないとみえる蓋然性は比較的に高いとも解されるから、行政事件訴訟法二六条による相手方の申立をもつてなされる事情変更による執行停止の取消しによるよりは、むしろ、第一審判決がなされた段階で申立人に更に執行停止の申立をなさしめ、ここで改めて右要件の存否を審査させる方がより実情に適するものというべきである。そして、かく解することは同法二五条にいう処分の執行又は手続の続行の一部の停止という概念にもとるものでもない。よつて、右強制執行は第一審判決言渡までと限定するのが相当である。
(三) 以上のとおり本件執行停止の申立は、強制送還部分の執行を、第一審判決の言渡があるまで停止する限度で理由があるからこれを認容し、その余の申立は理由がないから却下されるべきである。よつて、これと一部結論を異にする原決定主文第一項を右趣旨に変更することとし、訴訟費用について同法七条、民訴法八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 大野千里 林義一 岩川清)
別紙 <略>